皆さまいかがおすごしでしょうか?
本日は最近、個人的に興味がある小麦アレルギーから、日本における耐性獲得に関する論文をご紹介させて頂きたいと思います。
Predictors of Persistent Wheat Allergy in Children: A Retrospective Cohort Study
https://www.karger.com/Article/Abstract/489337
日本の食物アレルギー界でトップを走る相模原病院から2018年に報告された論文です。
概要
研究方法:後ろ向きコホート研究
対象:2005年-2006年生まれの即時型小麦アレルギー児
観察開始:初診時(3歳以前)
観察終了:6歳時
診断方法:負荷試験+病歴
耐性獲得評価方法:うどん200gの負荷試験
結果
対象:83例「耐性群(耐性獲得した症例:55例)」、アレルギー群(小麦アレルギー遷延した症例:28例)」
耐性獲得率:3歳 20.5%(17/83)、5歳 54.2%(45/83)、6歳 66.3%(55/83)
耐性群よりアレルギー群で数値や割合が高かった因子:
・生後6ヶ月時点の小麦特異的IgE抗体値、
・4歳以降のω-5グリアジン抗体値、
・小麦に対するアナフィラキシーの既往、
・全ての食材に対するアナフィラキシーの既往、
・初診時の月齢
それでは以下、解説です。
先ず、この論文の研究方法は、3歳以前に治療していた小麦アレルギーに対して6歳まで経過を追うという、後ろ向きコホート研究という手法を用いています。
このコホート研究という研究手法には、前向きコホート研究と後ろ向きコホート研究の大きく二つに分けられます。
前向きの場合;現在(起点)から未来(終点)に向かって現在進行的に観察するのに対して、後ろ向き:過去(起点)から現在(終点)に向かって既に観察を終えた対象を過去から追跡するものになります。
また、これらのコホート研究は起点(の要因・原因)を終点(結果)まで一定期間の観察を行う事が出来る為、因-果関係を明らかにする事が可能となります。
特に病気の有病率を調べる際、前向きコホート研究という手法は最も良い方法の一つとされています。
例えば、日本における前向きコホート研究である10万人の小児を対象に13歳まで経過を追うエコチル研究が最も有名なのではないでしょうか?
ただ、この前向きコホート研究という手法は莫大な予算と人員がかかる為、おいそれと行えるものではありません。
一方、後ろ向きコホート研究は過去のデータを元に研究する為、一定の条件の下で経過を追い始める始点(起点)を設定し、予定の時点(終点)まで電子カルテを見返す事で研究する事が可能です。
その為、前向き研究と比較すると難易度は低くなりますが、研究結果を歪めてしまうバイアスという要因を孕む可能性が増す為、研究の質(結果の意義)は落ちるやすくなってしまいます。
また、同じように電子カルテを見返す事で研究可能な、症例-対象研究という研究方法があります。
この手法は現在を起点として、過去(終点)の要因を探索するという、更に簡便な研究方法になります。
必要な情報が得やすく、簡便な研究方法であるが故に、先程のバイアスの影響を受けやすく、そこで得られた結果を実際の臨床に用いるのには注意が必要となります。
やや脱線してしまいましたが、これらの研究方法の違いは大事なので別の機会に解説したいと思います。
耐性獲得率について
今回は本文(出典;Predictors of Persistent Wheat Allergy in Children: A Retrospective Cohort Study)より図を引用したいと思います。
この図は小麦アレルギーの小児が1歳から6歳(終点)にかけて、どれくらいの対象が耐性獲得(Tolerant)したか(斜線の棒グラフ)を示したグラフになります。
この図では、1歳以降徐々に耐性獲得率が高くなっている事が伺えます。
そして、6歳時点で約2/3の小麦アレルギー児が耐性獲得しています。
同様の報告が鶏卵、牛乳でもなされていて、6歳時の耐性獲得率はそれぞれ66%、84%と報告されています。
やや牛乳が高過ぎる気もしますが、今回は小麦アレルギーの耐性獲得に関する論文の解説なので、この点はまたの機会に考察したいと思います。
そして、この論文を読み込む中でどうしても分からなかった点が一つだけあります。
それは、先ほどのコホート研究に関する解説の部分で触れた「起点」です。
本論文では「2005年〜2006年生まれの小麦アレルギー児で3歳以前より相模原病院で治療を行なった症例」を対象に検討しています。
しかし、この文章にはいつからコホート研究として経過を追い始めているかという起点に関する正確な情報は含まれません。
起点になりうる条件は、いくつか考えられます。
例えば、小麦アレルギーであると診断した日や、小麦アレルギー児として初めて相模原病院を受診した日、または1歳に小麦特異的IgE抗体を計測(かつ陽性)だった日などです。
そして、このうち相模原病院を受診した日は生後1ヶ月前後との記載はあるのですが、離乳食開始前の時期でもあり、その時点で小麦アレルギーかどうかは不明であるはずです。
他に診断した日については言及がなく、初めて小麦特異的IgE抗体が陽性となった日かというと、その可能性は低いと考えられます。
ここの図は小麦アレルギーが耐性獲得した群と小麦アレルギーが遷延した群の小麦特異的IgE抗体値の推移になります。
もし、採血が0歳や1歳の採血が陽性であった時を起点にするならば、その時点で対象が全員で83例存在しているはずです。でなければ、1枚目の図で1歳時に83例の小麦アレルギー児が存在していたという結果と矛盾します。
以下推測になるので、強い根拠があるわけではありません。
今回の論文の素晴らしい点は、83例全ての症例で負荷試験を行なっている点にあります。
裏を返すと、うどん負荷試験を行なった日を起点にして、過去の情報(終点)を得ている可能性はないだろうか?とも考えられます。
もし負荷試験を行なった症例を集め、うどん200gの摂取が可能であった症例を耐性獲得群、うどん200gまで到達できなかたった群をアレルギー群として設定したものと仮定してみます。
すると、6歳時点から過去に遡って経過を追えば良いので、1歳から6歳まで83例が変わる事なく存在しても違和感はありません。
また、抗体値を計測した症例が2番目の図のように83例分揃っていない事も理由がつきます。
つまり、本来後ろ向きコホート研究は過去を起点に現在(終点)に向かって情報を得て研究しているはず(過去➡︎現在)なのですが、観察開始以前の情報を用いて結果を表現しているという事は現在(起点)の結果から過去(終点)に向かって(過去⬅現在)情報を得ている「症例-対象研究」の可能性があるのではないか?という疑念が浮かび上がります。
何故、症例-対象研究ではいけないか?というと、先ほども述べましたが研究から得られる結果の質が、落ちてしまうからです。
図:エビデンスの強さに関して(出典:Wikipedia)
単純に私の読解力不足による可能性も十分あり得ますが、この論文の本題が後ろ向きコホート研究と明記しており、結果が方法と矛盾している点は気になるところです。
小麦アレルギーが遷延する因子について
生後6ヶ月時点の小麦特異的IgE抗体値
4歳以降のω-5グリアジン抗体値
小麦に対するアナフィラキシーの既往
全ての食材に対するアナフィラキシーの既往
抗体価に関する情報は他の論文と同じように、小麦特異的IgE抗体値が高い方が遷延しやすいという結果が得られています。
また、どの時点の情報からそれらの結果を得たのかはっきりしています。
一方、小麦そのものへのアナフィラキシーの既往や全ての食材に対するアナフィラキシーの既往はどの時点の情報を指しているのかが読み取れませんでした。
初診時の情報なのか?6歳時点の情報なのか?
この場合どちらの情報なのかによって、その意味が大きく変化する可能性を孕みます。
つまり、
①原因(初診時までに何度もアナフィラキシーを起こす程重症だったという要因)が、小麦アレルギーの遷延という結果に関連する
のか、
②小麦アレルギーの遷延した症例(結果)は、6歳までに小麦や他の食材で何度もアナフィラキシーを起こした症例が多かった(結果に付随する情報)だけなのか。
言い換えると、
①では過去の原因が現在の結果に結びつく因果関係が成り立ちますが、②では現在の結果とその結果で得られた群の特徴が判明しているだけで、そこに因果関係が成り立つのかがわかりません。
その為、この論文からわかった事は、「小麦アレルギーは6歳までに66%が耐性獲得する」事と、「生後6ヶ月頃に小麦特異的IgE抗体値が高いと小麦アレルギーは遷延しやすい」という事です。
ただし、この論文で最後に気をつけなればならない点として、この研究はそもそも重症のアレルギー症例が集まる相模原病院の小麦アレルギー症例を用いて検討されています。
つまり、重症の小麦アレルギーに偏った集団から得られた結果であり、軽症の症例が多い一般病院ではもっと為、耐性獲得率がもっと高い可能性があります。
今回の解説は批判が多くなってしまいましたが、小麦アレルギーはどれくらい良くなるのか?というとても重要なテーマの為、ついつい力が入ってしまいました。
先日、以下のブログを投稿いたしましたが、このように耐性獲得に関する論文も「この結果を果たして我が子に当てはめても良いのか?」という目で見る必要があるかと思います。
今後、更に明確で重症に偏りが少ない論文が出てくる事を待ちたいと思います。
次回は、もう少し読みやすいブログになるよう心がけたいと思います。
それではまた、次の記事にてお会いしましょう。
更新情報
2022.3.20. 論文の起点に関する情報について修正
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