皆様大変ご無沙汰しております。
いつの間にか前回の更新から二週間以上も空いておりました(汗
今回は、「アトピー性皮膚炎の時に、身体の場所によって塗る軟膏が違うのはなぜ?」という疑問を元に、アトピー性皮膚炎におけるステロイド軟膏の塗り分け方に関する解説を行いたいと思います。
早速ですが、顔には〇〇軟膏を塗って、肘には〇〇軟膏を塗って下さいといったように、身体の場所によってステロイド軟膏を塗り分けるように主治医の先生や看護師さんから指導を受けたご経験をされた方は少なからずいらっしゃるのではないでしょうか?
この指導方針に対して、全部同じ軟膏ならもっと楽なのになぁと思われた経験はございませんか?
実はこの指導方法にはちゃんとした理由があります。
1.ステロイド軟膏の吸収率は身体の部位によって異なる
専門医にとってはごく一般的な知識なのですが、身体の場所によってステロイド軟膏の吸収されやすさが異なるという事を知らない方がほとんどです。
実際どの程度差があるかというと…
前腕(前面)部における、ステロイド軟膏の吸収の状態を1倍と設定した場合
【上部】
額:6倍
顎:13倍
背部:1.7倍
陰嚢:42倍
手掌:0.83倍
足底:0.14倍
【下部】
Regional Variation in Percutaneous Penetration of 14C Cortisol in Man
J Invest Dermatol. 1967 Feb;48(2):181-3.
出典は1967年で、私が生まれるよりもずっと昔の古典のような論文ですが、いまだにアトピー性皮膚炎診療ガイドラインにも引用されている程有名な論文です。
この論文によると顔は前腕部と比較すると6-13倍と約10倍近く吸収されやすい事になります。
特に陰嚢では前腕部より約40倍もステロイドの吸収率が高いのは驚きです。
一方、手掌や足底などは前腕部と比較して、吸収率が低くなります。
個人的な感覚としては、より体幹に近い場所は血流が豊富であったり、体温が高かったりする為にステロイドの吸収率が良いのではないか?と考えています。
逆に、末梢に当たる四肢ではステロイドの吸収率が低い事は、私の感覚と矛盾していません。
また、皮膚の硬さも影響しているのではないかと考えています。
特に手掌や足背は他の部位の皮膚と比較して、自分で触れるだけでも硬さを感じる事ができます。
皮膚が硬いという事は皮膚が厚いという事の裏返しでもあり、その厚い皮膚ではステロイドの吸収率が落ちるという仮説もあながち間違いではないような気がしてきます。
2.湿疹の重症度に応じて、使うべき軟膏の強さが異なる
ステロイド軟膏の強さがランク分けされているのは皆様ご存知の通りですが、そもそもアトピー性皮膚炎では全身の皮膚における重症度が全く一緒という事は極稀です。
寧ろ、ほとんどの患者さんは、重症の湿疹部もあれば、軽症の湿疹部があったり、正常の皮膚部もあったりなど身体の部位によって皮疹の重症度が異なる事の方が多いかと思います。
因みに皮疹の重症度は
重症:急性・進行性の行動の炎症病変がある場合、苔癬化、紅斑、丘疹の多発、多発の掻破痕、痒疹結節など難治性病変が主体の場合
中等症:中等度までの紅斑、鱗屑、小数の丘疹などの炎症所見、掻破痕などを主体とする場合
軽症:乾燥及び軽度の紅斑、鱗屑などを主体とする場合
具体的な写真はアレルギーポータルの「重症度について」にある写真をご参照ください
そして、それぞれの皮膚の重症度に対して
重症の場合:ベリーストロングクラス(Ⅱ群) or ストロングクラス(Ⅲ群)
中等症の場合:ストロングクラス(Ⅲ群) or ミディアムクラス(Ⅳ群)
軽症の場合:ミディアムクラス(Ⅳ群)以下
のステロイド軟膏を第一選択とします。
3.最終的に
実際にステロイド軟膏によりアトピー性皮膚炎の治療を行う場合は、ステロイド軟膏の吸収率の違いと皮疹の重症度に対するステロイド軟膏の適応を同時に考える必要があります。
つまり、頭部や陰嚢などのステロイド軟膏の吸収率が高い部位では、薬剤の効果が高い事を期待できるかもしれませんが、同時に局所の副作用の発生に注意を払う必要があります。
その為、これらの部位ではミディアムクラス(Ⅳ群)以下の軟膏塗布を中心としつつも、皮膚炎の重症度に応じて適切な強さのステロイド軟膏を使い分け、寛解に導く事ができた際には適切なタイミングで漸減or間欠塗布へと移行する必要があります。
まとめ
1.ステロイド軟膏の吸収率は身体の部位によって異なる
2.湿疹の重症度に応じて、使うべき軟膏の強さが異なる
最後にアトピー性皮膚炎をお持ちで、アレルギー外来を通院中の皆様へ
我々専門医は外来の際、上記に記事のような事を頭の中で考えながら診療を行っております。
その上で現在の皮膚の状態を診察により把握し、次にどのように治療を進めて行くかをお伝えします。
その為、外来の際はどこに、どの軟膏を、どれくらいの頻度で、どれだけの量を塗布するのか、をしっかり主治医と確認し、自宅で治療を行うようにお願いします。
今回はアトピー性皮膚炎治療の基本であるステロイド軟膏治療についての記事でした。
近年は様々な種類の治療方法が確立しつつあるアトピー性皮膚炎診療ですが、きちっと基礎も理解して治療に臨めたら幸いです。
それでは次回の記事にてお会いしましょう。
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