皆さま大変ご無沙汰しております。
先日のツイッターにて負荷試験での安全性が高まると共にアナフィラキシーを経験している医師が少なくなってきている事に言及しました。
食物アレルギー診療ガイドライン2012年に基づいた負荷試験は、現在のものと比較して総負荷量は多く、負荷間隔が短いため、負荷試験中にアナフィラキシーを含めた強い症状を頻繁に認めていました。
そして、特定のアレルゲン摂取で不快な思いをした子ども達の中には、アレルゲンそのものへの嫌悪から、摂取可能になった後でもアレルゲンを好まない子が一定数存在しています。
一方、現在のガイドラインに基づいた負荷試験では比較的、アレルゲン摂取を拒否する子どもが少ないようにも感じます。
次に視点を変えて、医療者、特にこれからアレルギー専門医を目指すような、若手の医師の目線で負荷試験を見てみましょう。
昔のガイドラインによる負荷試験では、かなりの割合で陽性症状(以前私がいた施設では6~7割近く)を認め、月に数度のアナフィラキシーを経験していました。
ここ最近では、負荷試験の陽性率は(体感で)1割程度で、そのほとんどがアナフィラキシーgrade分類でgrade1程度の軽いものばかりです。
実際に負荷試験中にアナフィラキシーを起こす患者さんも半年に1例程度でした。
この事が何を意味するかというと、これから専門医を目指す若手の医師は「アナフィラキシーの経験が圧倒的に少なくなっている」という事です。
ここからが本題になります。
アナフィラキシーは救急室で経験するアレルギー疾患の一つで、研修医でも何度もその対応に当たった事がある経験は少なからずあります。
ですが、救急室で経験するアナフィラキシーと負荷試験におけるアナフィラキシーとでは決定的な違いがあります。
それは、救急室での経験が「点」であるのに対して、負荷試験での経験は「線」、場合によっては「面」にもなり得るという事です。
以下解説にです。
この抽象的な「点」・「線」・「面」が何を示しているか、今の時点で理解できる方はアレルギーにおける負荷試験を理解している方だと思います。
この表現は主に時間軸を指します。
救急室ではほとんどの場合において、アレルギー症状を一定程度認めた状態で患者さんは来院します。
そこで救急室では、「アナフィラキシーかどうか」が評価されます。
勿論アナフィラキシーと判断されたならば、直ぐにボスミンの筋肉注射や急速輸液といった対応に移りますが、その対応に要する時間は主に10分前後で診察は終了します。
心拍モニターや心電図モニターを用いて、院内で観察を続ける事はあるかもしれませんが、つきっきりでアナフィラキシーを認めた患者さんやそのご家族と向き合う事はありません。
何故ならば、救急室には沢山の患者さんが既に診察を待っており、アナフィラキシーに対して最低限の対応しかとれない為です。
一方、負荷試験の場合はどうでしょうか?
患者さんは負荷試験が始まってからアレルゲンを摂取し、大抵の場合はアナフィラキシーに至るまでに、軽度の症状から始まり、徐々に強くなっていきます。
つまり、アレルゲンの摂取により徐々に強くなる症状の中でアナフィラキシーであると評価し、対応する必要があります。
この場合のアナフィラキシー対応の難易度は、救急室の比ではありません。
何故ならば、救急室ではワンポイントでアナフィラキシーかどうかを判断すれば良かったのに対して、負荷試験室では数十分・数分・数秒で変化する症状を見極めながら、ボスミンの筋注や急速輸液といった対応が必要になるからです。
例えば、親戚の子どもに久しぶりに会うとその変化は気付きやすいですが、我が子の変化は毎日見ているが故に気付きにくいといったところでしょうか。
ではこれらの違いがアレルギー専門医となる上でどう異なっていくのでしょうか?
それは、患者さんやそのご家族へエピペン指導を行うときに如実に表れます。
というのも、救急室でのアナフィラキシーしか知らない医師と負荷試験室でのアナフィラキシーを経験した医師とでは、「患者さんご家族が自宅でエピペン接種を行う事が如何に難しいか」という事を身に沁みて理解しているからです。
自宅で誤食した際、その直後数秒でアナフィラキシーに陥る事は多くはありません。
多くは、数分〜数十分の単位で症状が増悪し、ある一線を超えた時にアナフィラキシーと判断されますが、刻々と変化する症状の中で適切にその判断を行う事は容易ではありません。
それは、小学校高学年になった我が子の思春期に入った瞬間を把握しろと言われているようなものかもしれません。
適切なアナフィラキシーの判断を行う為には、予めアナフィラキシーかそうでないかの線引きを正確に把握・意識し、判断を下すという高度なスキルが必要になります。
それでは、結局救急室での「アナフィラキシーかどうか」の判断と一緒なのでは?と疑問に思われるかも知れませんが、全く違います。
アレルゲン摂取から症状誘発、そして救急受診するまでの間に完成した状態で、ようやく目の間に現れる救急室での対応と、アレルゲン摂取から症状誘発を目の当たりにし、症状に苦しむ我が子に対して、どこまで様子を見て良いか悩みながら、エピペンを手にし、接種に至るという親御さんの対応とでは、その難易度に天と地程の差が存在しています。
そして、その親御さんの苦悩は負荷試験室で起こったアナフィラキシーでしか、医師は経験できません。
負荷試験中に自分が与えた食材で起こしたアナフィラキシーに対して、どのように声をかけ、どのように薬剤を駆使し、どのタイミングでボスミンを筋注するのか…
また、ボスミン筋注後も本当に症状が改善してくるのか、元気になるまでつきっきりで経過をみる。
その経験を通して得られた患者さんご家族に対する「理解」と「共感」を得た状態で行うエピペン指導は、特に小児におけるアレルギー専門医にとってなくてはならないものだと考えています。
更に、負荷試験中のアナフィラキシーの経験した際に、適切な声かけや治療を行いながら、アナフィラキシーやエピペン接種に関する指導を同時に行えるようにまでなれば、その経験を「線」から「面」へと昇華させる事も可能です。
アナフィラキシーの経験は誰もが避けたい重篤な症状です。
ですが、患者さんの重症度によっては、どれだけ努力していたとしても自宅・学校・負荷試験室で一定の確率でアナフィラキシーは起こります。
この苦しい経験を、苦しいだけの経験にするのか、己の成長に寄与してくれる経験にするのか、患者さんやご家族に役に立てる経験にまで昇華出来るのか。
「負荷試験における安全性を高く保つ事」はアレルギー専門医としてとの至上命題ですが、適切な治療を行える専門医を育てる事や、患者さんやそのご家族の心に寄り添ったより良い指導を行う事が出来る医療者を育む事も同時に考えていかねばならないなと思っております。
本日は以上となります。
また、次の記事にお会いしましょう。
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